災害時の障害児への対応のための手引き
筑波大学人間総合科学研究科  教授  宮本信也   
 この手引きは、災害に遭った障害のある子どもへの支援に際して少しでも参考にしていただければと思い作成したものです。内容の多くは、阪神・淡路大震災のときの障害児の実態調査の結果を基にしています。不備が目立つ内容かと思いますが、多少でもお役に立てれば幸いです。
1.身体面の問題への対応
1)頻発症状(嘔吐、発熱、けいれん)
  認められやすいのは、発熱と嘔吐です。こうした症状が出やすいことを保護者に説明しておき、症状が出たら早めに医療機関を受診するよう伝えます。その他、てんかんがある子どもでは、けいれん発作が起こりやすくなることがあります。けいれんが1回でも起こったら、医療機関を受診してください。また、あらかじめ、けいれん発作時の座薬等をもらっておくようにするのもよいと思います。

2)食欲低下
  不安が背景にあることが多いので、安心感を与えながら、食べられる物を少量ずつ、頻回に与えます。水分不足にならないように注意します。また、実際の食欲低下ではなく、偏食が激しい自閉症児やきざみ食でないと食べられない肢体不自由児が、避難生活の食品を食べられないことで食事量が減少していることがありますので注意が必要です。そのようなときには、子どもが食べられる食品や形態を工夫できないか、検討してみます。

3)体重減少・増加
  食欲低下、あるいは、摂食量低下により体重減少が起こりやすくなります。こうした体重減少は、程度がひどくない限り、生活状況の改善により回復していきますので、様子を見ているだけでよいでしょう。体重が普段の10%以上減少するようでしたら、医療機関に相談します。
  一方、ストレスによる過食や避難生活での自由な摂食・間食状況のため、避難生活が長引くと、体重増加傾向が見られるようになってきます。知的障害児や自閉症児でその傾向が多いようです。食事・間食を子どもだけで自由に食べられるような環境にならないようにする、子どもが身体を動かすような工夫をする、ボランティアに子どもの運動の相手を依頼する、などの対応を考えます。

4)排泄の失敗・夜尿
  なれない避難生活や劣悪なトイレ環境などによる排泄習慣の乱れや、不安を背景とした頻尿により、排泄の失敗や夜尿が見られることがあります。叱責をせず、様子を見てトイレに連れて行く、本人が安心できるトイレを探しておく、夜間起こしてトイレに連れて行く、などの対応を考えるとよいでしょう。本人の不安を受け入れて、受容的に対応していれば、多くは、生活状況の回復とともに改善していきます。

5)運動技能低下による外傷の増加
  避難生活では身体を動かす機会が少なくなるため、子どもの運動技能が低下し、日常のちょっとした動作や運動で、転びやすくなったり、あるいは、足首をくじいたりなどをしやすくなります。そうした危険があることを家族や学校の先生に説明し、運動の前にはストレッチや準備運動をすることを勧めます。

6)風邪などのありふれた病気の重症化(風邪から肺炎になりやすいなど)
  ストレスによる身体の抵抗力の低下により、普段なら4、5日で治ってしまう風邪や胃腸炎などが長引きやすく、また、肺炎など、重症になりやすくなることがあります。風邪と思っても、症状が軽いうちに医療機関を受診する、普段より症状が長引いていると感じたらすぐに医療機関を受診する、などの配慮を家族に説明します。

7)その他
  阪神・淡路大震災の時には、震災後、聴力障害が進んだ難聴児がいました。具体的な原因は不明ですが、聴力障害に限らず、本来の障害が増強することがないか、ときどき留意するようにするとよいでしょう。

8)時期についての注意
  外傷の増加、体調不良、病気の重症化、障害の増強などは、災害から1ヶ月以上過ぎてから出現してくることも珍しくありません。災害から2ヶ月以内は、普段よりも健康状態に注意するように家族に説明します。


2.心理・行動面の問題への対応
1)生活リズムの乱れ
  避難生活は、大人の生活リズムさえ乱すものです。ましてや、障害のある子どもで生活リズムが混乱することは、決しておかしいことはありません。先ず、そのことを家族や周囲の人に説明します。可能な範囲で、ボランティアや手が空いている人が交替で、日中、子どもの相手をし、避難生活における日課のようなものを考えてあげます。毎日、決まった時間に、散歩をするなどでもよいでしょう。

2)依頼行動の増加
  阪神・淡路大震災の後、支援活動の中で、子ども達が世話をよく見てもらったために、かえって、何でも人に頼むようになってしまったことが指摘されています。ボランティアや周囲の人が、過度に世話をしてしまわないような配慮が必要とされます。その子どもが自分でできることを家族から聞き、そうした行動に関しては、励ましと賞賛で、子どもが一人でやるように促していくとよいでしょう。しかし、不安が高まり依存的になることもあります。そのような場合は、少し甘やかせる感じの対応もよいです。頼みごとを一緒に解決するのもいいです。長く続くことはないので、甘えさ
せても大丈夫です。

3)落ち着きがない(多動、興奮、集中力低下)
  災害との遭遇、地震の場合は繰り返される余震、日常と違う生活状況など、こうしたことにより、子ども達は大きな不安状態にあるのが普通です。知的障害児や自閉症児では、状況の理解困難のため、そうした不安が強くなりやすいことがあります。
  ことばの理解がある子どもでは、先ず、子どもの不安な気持ちをことばで言ってあげます(「落ち着かないんだよね」、「イライラするんだよね」など)。次いで、「今はもう大丈夫なんだよ」、「お父さんが(先生が)ちゃんと見てるから大丈夫だよ」など、今はもう心配しなくてよい、今は安心してよいというという安心感の保障をします。そして、「でも、イライラするから散歩してこよう」など、その場から物理的に少し離れて身体を動かすことに子どもを誘います。
  ことばが理解できない子どもでは、落ち着かなくなりそうな気配があるとき、あるいは、普段落ち着いているときに、穏やかに話しかけながら、身体を優しくなでてあげる、手をつなぐなどして、今は大丈夫、安心できる状況であることを、子どもに身体で感じられるようにしてあげるとよいでしょう。

4)パニック
  突然、大声を出したり興奮してしまうパニックは、自閉症児によく認められるものです。自閉症児は、普段と違う状況に対して敏感で不安が強くなる特性があります。災害、避難生活は、まさしく非日常ですから、自閉症児がパニックを起こすことは、極端にいえば当然のこととさえ言えるでしょう。避難生活で子どもがパニックを起こすと、保護者は、周囲へ気を遣い、その心労はかなりなものになります。この行動自体は当然の反応であることを親が理解するだけでなく、周囲の人へも理解してもらえるよう、保護者の了解を取って、周囲の人へ説明してあげるのもよいでしょう。
  対応は、『落ち着きがない』問題への対応と同じことを行います。その他、「災害があって今はお家と違う所にいるけれども、これは、特別なんだよ」など、避難生活がいつもと違うことの理由や、毎日の生活の予定などを、子どもが理解できる範囲で子どもに繰り返し説明してあげるのもよいでしょう。なお、パニックそのものに対しては、それを無理に抑えようとする対応は、逆効果になることが多いので、本人の気持ちをなだめるようなことばかけを行いながら、ともかく、その場から危なくない違う場に離し、あとは落ち着くまで放置しておくのがよいでしょう。一人の空間と時間も必要です。

5)活動性低下、無気力
  大きなストレスにぶつかったときの基本的な症状は、不安とうつ状態です。障害児は、自分では何がどうなったか分からないまま、混沌とした状況に投げ出され、無気力状態になることがあります。無理に動かそうとせず、先ず、穏やかな話しかけや室内でできる本人が好きな活動へ誘うなどして、少しずつ、活動性をあげる、日常性に近い行動を取り入れる、ように心がけていきます。

6)夜寝ない・夜騒ぐ
  慣れない避難生活や不安のため、不眠になることは珍しくありません。また、自閉症児では、もともと、睡眠リズムが崩れやすい傾向がありますので、夜寝ないで奇声を上げる、徘徊するなどの行動が見られることもあります。もし、ボランティアなどの手があるようでしたら、外に連れ出し、20分程度でも散歩したり、好きにさせて見ていてあげるのもよいでしょう。あるいは、避難所の中に、他の人にあまり迷惑をかけずに子どもがいられる場所を確保し、そこに連れて行って好きにさせておくのもよいかもしれません。子どもが好きな事柄で、音があまりしないような活動や遊びを用意しておき、それをさせるのも一つの方法です。

7)奇声・独り言
  自閉症児がストレス状況にあるとき、奇声がよく認められます。無理に抑えると、たいがい逆効果になってしまいます。独り言は、何もすることがなく手持ちぶさたの時に出やすくなります。奇声・独り言自体は、子どもの不安や手持ちぶさたの現れであり、うるさいということを除けば実害はないものです。少なくとも、日中は可能な限り何も言わないでおき、夜だけ軽く注意する程度にし、周囲の人の理解を得るようにします。自閉症児の問題行動は、場に依存する傾向がありますので、日中、声を出してもあまり迷惑がかからない場所で大声を出させ、声を出してよい場所と出さない場所を区別させるようにするのもいいかもしれません。

8)こだわり増強
  こだわりは、不安や緊張感が強いときに強くなります。こだわりについては、理屈で納得させることは困難ですが、『落ち着きがない』問題への対応と同じ対応が有効なこともあります。特に、こだわり行動の初期に、子どもがどうしても気になってしまう気持ちを受け入れるようなことばかけをすることは有効なことが少なくありません。

9)徘徊
  不安や手持ちぶさたの現れです。日中、よく身体を動かさせる、ことばかけやスキンシップで子どもの安心感を保障するなどの対応を行います。子供をホッテおかないようにしましょう。

10)行動停止
  自閉症児が混乱したときに、時に認められます。何かの動作をしている途中で、じっと固まって動かなくなってしまうことをいいます。少し様子を見て、動かないようでしたら、ことばかけと肩たたきや軽く身体を押してあげるなどの働きかけで次の行動を促します。

11)自傷・他傷
  混乱した生活状況の中で、注意・叱責が多い場合、ときに自傷や他傷などの攻撃的な行動が見られることがあります。もし、不適切な係わり状況があるようでしたら、保護者や周囲の人を責めることはしないで、今の子どもにとってはその対応は合っていないのかもしれないからという理由を付けて、適切な対応を助言するようにします。自傷・他傷行為そのものに対しては、その場から他の場所へ連れて行き少し離れて見守る、年少児でしたら毛布等でくるんでギュッと抱きしめる、などの対応もよいでしょう。

12)薬物対応
  心理・行動面の問題のいずれも、周囲からの対応ではなかなか治まらず、避難所生活に支障をきたすような場合には、薬物の使用も考えることになります。精神科の医師への相談を行います。

13)周囲の理解を求める
  みんなが耐えている避難所生活の中で、障害のある子どもの特性を理解してもらうことは、実際には困難なことが多いでしょう。それでも、その子どもの周囲にいる人達には、保護者の了解の下、可能な範囲でその子どもの特性を説明し、理解を求める働きかけは大切です。そうした対応で、一人でもその子どもと家族の理解者ができれば、それだけ家族の人の心理的負担を軽くすることができるからです。


3.学校の重要性
  障害児に限らず、子ども達にとって学校の持つ重要性はいくら強調してもし過ぎることはありません。
1)学校再開まで
  学校が再開できる物理的条件が整うまでは、教師による家庭訪問での子どもへの対応、避難所周辺での出張授業などを、可能な範囲で行うようにします。

2)学校再開以降
  学校が再開された後は、次のようなことに留意します。
 (1)通学への配慮
  安全な通学ルートを検討して選定します。また、登下校時は、教員や保護者が交替で要所に立つなどして、登下校時の不祥事に備えます。
 (2)運動・体育授業中の外傷の増加
  身体面の問題でも述べたように、日常生活が再開されてしばらくの間、ちょっとした怪我をしやすい状態があります。運動前の準備体操を充分にやるとともに、再開後1ヶ月くらいは、思いっきり遊ぶのはいいですが、あまり激しい運動などは行わないようにするとよいでしょう。
 (3)授業中の落ち着きのなさ
  学校が始まったことのうれしさ、非日常が続いていることの落ち着きのなさや一種の高揚感などにより、教室は、しばらくは騒々しく落ち着かない雰囲気になることが少なくありません。一時的なことであることがほとんどですので、授業内容や要求水準を変更し、短時間で内容の切り替えを行う、身体を動かす課題を増やすなどして対応していくとよいでしょう。地震についての話し合いをするのも一つです。
 (4)指示待ち行動増加・次の行動に移れない
  避難生活での放置・受動的な活動状況の影響もあり、学校再開後でも、すぐには自発的な行動が出ない場合が見られることがあります。前に一人でできていたことでも、ある程度手を出してあげ、少しずつ本人にやらせるようにしてならしていくのがよいでしょう。
 (5)給食を食べない
  避難生活における自由で好き勝手な食事体験から、給食を食べなくなることがあります。無理強いせず、励ましながら少しずつ食べるように促すという対応でよいでしょう。
 (6)行事の後の体調不良増加
  阪神・淡路大震災のとき、震災から数ヶ月経った頃に宿泊学習を行ったところ、熱発した子どもが普段の3倍になり、行事後の欠席も多かったということが報告されています。ある程度落ち着いたように見えても、抵抗力が普段の程度までは回復していない子どもが多いことが推測されます。行事を行うときには、平年よりもプログラムやスケジュールは負担が少ないものにする、対処医薬品を大目に持参するなどの配慮がされるとよいでしょう。


4.保護者への支援
  障害のある子どもを抱えての避難生活は、自分達の生活の大変さの他に、子どもが起こすさまざまな問題行動で周囲へ迷惑をかけているという心理的負担感もあり、保護者のストレスはかなりのものがあります。そうした保護者の心情を理解し、物理的、精神的支援を考えるとよいでしょう。
1)物理的支援
  障害児がいると、その世話や目が離せないということもあり、保護者が食料をもらいに行ったり、自宅の片づけに行くことができにくいということがあります。一定時間、障害児を見てあげる、家族の代わりに支援物質を取りに行く、などの支援を考えてあげるとよいでしょう。

2)精神的支援
  保護者の思いをとにかく聞いてあげ、その大変さへの共感性を示すことです。定期的に、できれば同じ人が話を聞くために訪問するようにするとよいでしょう。
 このような状況で母乳育児を続けることはとても重要です。母乳育児は赤ちゃんの命を救います。母乳育児は完全無欠の栄養を赤ちゃんに与えます。さらに、母乳の中の感染防御因子が、非常事態で流行する可能性のある下痢や呼吸器感染から赤ちゃんを守ります。一方、安全な水や、お湯を沸かす燃料のない場所での人工乳の使用は、栄養不良、疾病、乳児死亡のリスクを高めます。母乳育児を続けることで、お母さんも子どもも慰められ、心の支えが得られます。
参考文献:
1.宮本信也:災害時の障害児に生じる問題とその対応に関する研究−阪神・淡路大震災下の特殊学校における状況の検討から−.安田生命社会事業団研究助成論文31(1):114-121,1996.

2.高田哲、新谷幸宏:阪神・淡路大震災と障害児童たち、神戸大学医学部小児科、第1回「阪神・淡路大震災とこどもの保健・医療」研究会報告書、平成7年6月、p.43-51.

3.白橋宏1郎 他:宮城県沖地震に伴う障害児の反応、精神医学 22(6):625-638,1980

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 筑波大学人間総合科学研究科  宮本信也
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