15)愛されて育つ脳
1年前、私が主治医で長期間ひきこもり状態にあった24歳の女性が自死しました。ひきこもりのきっかけは学校でのいじめでした。同じころ、神奈川県川崎市で13歳の上村遼太君が殺害された事件も、17〜18歳の少年たちのいじめ行為にブレーキがかからず、エスカレートした悲しい結末でした。二度とこのような事件を繰り返さないため、私たち大人はどうすればよいのでしょうか。加害者の罪を責めておしまいでは同じことの繰り返しです。
いじめは関係する子どもたち全員の人生に、深い傷を残します。この問題を解決するため、加害者の成育歴を客観的に調査すると、愛着障害、反抗挑戦性障害といった病名がつくことがあります。愛着障害は虐待と関連しています。いじめ行為中、人間的な感情を失ったとしか思えない行動がなぜ生じるのか。そのヒントになる実験が最近、注目されています。
生まれたらすぐ孤立させて飼育したネズミと、集団で遊ばせながら飼育したネズミの脳には、永続的な違いがありました。脳の扁桃(へんとう)核というところにある神経細胞の遺伝子に、明らかな差が認められたのです。ヒヨコでも同じように扁桃核細胞の遺伝子が変化し、細胞分裂で次の細胞にも引き継がれる状態(エピジェネティクス変異)になっていました。人においても、虐待を受けた人の脳では同様の変化が生じているとの報告もあります。世代を超えて虐待が連鎖することは科学的にも証明されつつあります。
福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美先生のお話では、さまざまな精神疾患において、児童虐待に起因するものが過半数を占めており、もしも、児童虐待をなくせれば、うつ病の54%、アルコール依存症の65%、自殺企図の67%を減らすことができるのだそうです。
「三つ子の魂百までも」の乳幼児期、子どもたちが育つ環境の保護に関われる私どもが、未来のいじめ問題解決のお役に立てるとしたら、それは何よりの喜びです。
岡崎実(佐渡総合病院副院長)